対談をすぐに読みたい方はこちら
昭和大学病院(東京都・品川区) 呼吸器・アレルギー内科
呼吸器・アレルギー内科医師、日本アレルギー学会専門医・指導医。一般社団法人アニサキスアレルギー協会理事。
食物アレルギー、動物・昆虫アレルギー、薬物アレルギーなど、さまざまな分野のアレルギーに精通している。昭和大学病院には日本全国から多くのアニサキスアレルギーの患者が来院し、専門外来で日々診療にあたっている。
アニサキスアレルギーの治療法
アニサキスのアレルゲン【※1】がコンタミしている(汚染されている)魚介類を食べたら再発するおそれがあるアニサキスアレルギー。でも、魚介類を一生食べられないのは辛すぎます……。以前のように魚介類を口にする機会を取り戻すことはできるのでしょうか。
【※1】アレルゲン:アレルギーの原因となる物質のこと。
アレルギー治療には、除去などの環境整備がマスト
アニサキスは、海に生息するあらゆる魚介類に寄生している可能性があるとされている。
イラスト:yuu / PIXTA(ピクスタ)
アレルギー疾患は原則的に完治(治癒)することは難しいと考えられています。
健康を保持するためにはアレルゲンを特定し、そのアレルゲンを体内に取り込まないよう、曝露【※2】を避けることが重要です。こうした活動を、環境整備といいます。
【※2】曝露(ばくろ):リスクのある因子に晒されること。アレルギーの分野では、アレルゲンを摂取したり、触れたりしてしまうことを指す。
食物アレルギーや食物に関連するアレルギーの場合、食物のなかのどの成分が原因かを突き止め、それを食べないこと(口にしないこと)=「除去」が必要な治療手段です。
鶏卵や小麦、ピーナッツなどの食物アレルギーの場合には、除去を一定期間行った後、負荷試験(どのくらい食べたら症状が誘発されるか調べる検査)を実施します。そして、どの程度のアレルゲンなら体内に入っても大丈夫か(閾値)を調べ、医師から「そこまでは食べても大丈夫」というお墨付きをもらいます。
しかし、アニサキスの場合、寄生虫を負荷試験に用いることが困難ですので、代用の検査としては血液検査か皮膚試験しかありません。
多くの施設ではアニサキスのアレルゲンに対するIgE検査を血液検査で実施することができます。そのため、最も簡便な治療経過をみる方法として、「アニサキス特異的IgE抗体検査(以下、特異的IgE抗体検査)」が挙げられます。昭和大学病院では、アニサキスアレルギーの治療経過をみる際に、特異的IgE抗体検査で測定できる抗体価の数値が順調に低下していくかどうかを調べています。
抗体価が低くなれば、アレルゲンが体内に入った場合のアレルギー反応が出現する頻度(可能性)が低くなっていることを推察できると考えています。
しかし、アニサキスアレルギーの場合、自然の成り行きで抗体価を下げるのは、非常に困難な道のりです。また、前述したようにアレルギーに完治はなく、もし抗体価が下がっても、再発の可能性は残ると言われています。
アニサキスアレルギーの具体的な治療法
アニサキスアレルギーの治療は現在、主に2つの方法が用いられています。
まず1つ目は、アニサキスアレルゲンの除去です。食物アレルギーの原則的な治療方針は前述したとおり、原因を特定したうえで、原因食物を除去することです。近年ではきちんと原因をアレルゲン(タンパク質)レベルまで調べ、完全除去ではなく、あくまで患者ごとの「必要最小限の除去」を心がけるように専門医は意識して診療にあたっています。
ところが、アニサキスアレルギーが発症した場合、アニサキスのアレルゲンだけを除去する手段はありません。
なぜなら、食料品のなかに生きて蠢いているアニサキスを見つけるのではなく、目に見えな分子レベルのアニサキスのアレルゲンをヒトの目で見つけることは絶対に不可能だからです。
そのため、昭和大学病院ではまず「アニサキスのアレルゲンを含む可能性がある食材の完全除去」を行います。
食物アレルギーの治療の原則に相反していますが、アレルギー症状、とくにアナフィラキシーを生じた直後の患者さんでは、再発する危険を回避できるもっとも重要な手段になります。これは結果として、アニサキスアレルゲンの曝露を避けることで、体内(血中)のアニサキス特異的IgE抗体の量を減らすことにつながります。
抗体量を減らすことで、体内に侵入してきたアレルゲンに対する体の過剰な免疫反応を避けられるようになる可能性があると、考えています。
そもそもアニサキスは海洋中のプランクトンや中間サイズの魚介類、大型海棲生物に寄生し、食物連鎖によって広大な海に広く分布しています。つまり、アニサキスアレルギー患者のアレルゲンであるアニサキス由来のタンパク質は、あらゆる海産物に含まれる可能性があります。
直接の寄生相手ではないですが、海水と淡水が混じりあう汽水域に生息する生物は餌としてアニサキスに汚染された生物を捕食する可能性があり、ヒトがその生物の腸管を取り外さずに喫食するおそれのある場合、アニサキス由来の成分(アレルゲン)を体内に取り込んでしまうことが生じ得ます。
そのため、アニサキスアレルギー患者におけるアニサキスアレルゲンの除去は、一定期間「すべての海産物を避ける(食べない)」「汽水域に生息する生物も極力避ける(食べない)」を、昭和大学病院では基本方針としています。
2つ目はまだ発展途上の治療方法です。それは、少量ずつのアレルゲンに体を慣れさせる治療です。小児科の領域では牛乳や鶏卵、ピーナッツなどの食物アレルギー患者を対象に「経口減感作療法(経口免疫療法)」という治療が研究段階として行われています。
どうして改善するのか十分に解明されていませんが、アレルギー患者の体内で過剰な免疫反応(アレルギー反応)を引き起こす起点のひとつであるリンパ球という細胞を「だます」治療であると目されています。つまり、アレルゲンを“アレルゲンではない”と誤認識させる治療といえます。
はたから見ればまさに夢の治療法ですが、これはまだまだ研究段階です。副反応が出たり、効果が十分に得られなかったりするため、高度な研究をしているアレルギーの専門施設でのみ実施が可能です。
徐々に体内に取り込む(食べる)アレルゲンの量を増やしていき、少しずつアレルゲンに慣れるようにする、のが治療コンセプトです。こうした治療を続けていくと、万が一、誤食(誤って多量にアレルゲンを口にしてしまうこと)が生じても症状が出なくなったり、軽くなったりする可能性があります。
昭和大学病院では、アニサキスアレルギーの患者を対象に、上記の減感作療法を模した治療を行っています。同医院では、患者がアナフィラキシーになった場合、食物アレルギーの診療に長けた医師が緊急対処を可能な環境で行うべきだと考えており、また現時点では科学的根拠に基づいた治療ではないため、すべての患者さんに勧められる治療法ではありません。
同治療はアレルギーの専門的知識を備え、アニサキスアレルギーの診療経験に富んだ医師に依頼すべきであろうと考えています。次第にアニサキスのアレルゲンが混入した(可能性がある)食品の摂取量を増やしても症状が出ないようにすることを目指す治療法です。将来的には、アレルゲンが多量に体内に入ってきても「へっちゃら」な体質=「耐性」を獲得することを目標としています。
繰り返しますが、アニサキスアレルギーにおける減感作治療に関しては、まだまだ同治療に関するデータが乏しく、エビデンスに基づいた治療とは言えませんので注意が必要です。
「特異的IgE抗体検査」とは
アレルギー疾患の診断でもっとも重要な技術・検査は問診です。問診でアレルギー症状を引き起こした直前に摂取した食物を絞り込み、それ(ら)に対するアレルギーが生じうる体質かどうか(感作が成立しているかどうか)を調べるために、裏付けを取る検査のひとつが「血中抗原特異的IgE抗体検査(以下、特異的IgE抗体検査)」です。
食物アレルギーの診療で使用される特異的IgE抗体検査は、血中の各種アレルゲンに対する抗体の量(抗体価)を測定します。やさしく言い換えれば、患者さんの身体が対外から侵入した「何に過剰に反応しているのか」を調べる検査です。
これは、アレルゲンを特定する上で重要なプロセスで、検査結果はアレルギー疾患の診断・治療の指針となります。検査結果は血中のIgE抗体価(抗体量)を実測値と0〜6の7段階のクラスで表示します。
「特異的IgE抗体検査」の判定。クラス2以上が、「陽性」として判断されるが、陰性でも症状の出る人、陽性でも症状が出ない人もいる。
アレルギー疾患において治療がうまく遂行されているかどうかは、アレルゲンに曝露した際、もしくはアレルゲンが多く含まれる環境に身を置いた際に、アレルギー症状がどの程度の頻度、重症度で現れるかを確認することで判断します。究極的には、食物アレルギーだけでなく、すべてのアレルギー疾患で負荷試験(チャレンジテスト)が必要です。
小児科の専門施設では、食物アレルギーの治療経過を見るため、頻繁に経口食物負荷試験を行いますが、成人では、保険診療にならないことや入院する煩雑さから、小児ほど多くの症例で行われていないのが実情です。どうしても経口食物負荷試験に代わり、血液検査が好まれる傾向にあります。
アニサキスアレルギーのIgE抗体価を下げていくには
空気中のメジャーなアレルゲンであるダニやハウスダスト(家塵)の特異的IgE検査では、長期間にわたりクリーニングやリフォーム、転居をしてもIgE抗体価は減少し続けることは極めて稀です。なぜなら、すべての生活環境中のダニやハウスダストを取り除き、完全な抗原除去を達成することはできないからです。
一方、アニサキスアレルギーに関しては、アニサキスというアレルゲンの発生源が魚介類、海産物にしか含まれないため、それらを摂取しない(完全除去する)ことで、IgE抗体価が経時的に低下する傾向にあります。
そのため、昭和大学病院では、アニサキスアレルギーの治療経過中、IgE抗体価が減少しているかどうかを確認しながら、食事の指示・指導を行っています。IgE抗体価と再発時のアレルギー症状の強さ(激しさ)は必ずしも一致しないため、検査結果だけで患者さんが自己判断せず、医師との相談の上、治療の方針を決めていくことが重要です。
◆参考情報:アニサキス症の治療法は?
●胃アニサキス症:胃壁にアニサキスが刺さることで起こる食中毒。胃カメラでアニキサス虫体そのものを除去することで、症状はすみやかに改善する。
●腸アニサキス症:腸壁にアニサキスが刺さることで起こる食中毒。除去が困難なため、ステロイドや抗炎症薬により免疫反応を鎮静化することで症状の緩和を行う。
虫体が胃カメラで消化管内に発見できない場合でも、消化器管のむくみ(浮腫)や噛み跡からアニサキス症と消化器科の専門医師が診断することがあります。この場合は、胃薬や抗炎症薬での治療が基本となります。
アニサキスは人体の中で数日しか生存できないため、症状は自然に改善します。しかし、胃腸の浮腫みにより生じる腸閉塞や腸穿孔などの重篤な合併症を起こすこともあるので、症状の経過には注意が必要です。症状が、長引く・改善しないなどの場合には必ず消化器科の診療所・病院を受診してください。
株式会社学び代表取締役。2016年にアニサキスアレルギーを発症し、鈴木先生の指導のもと、治療に専念する。2020年、ついにアニサキスアレルギーの抗体のIgE抗体価0を達成。
アナフィラキシーショックの原因は?
本日はアニサキスアレルギーの治療でお世話になっている鈴木先生に、改めていろいろと質問させていただきます。
まずは自分自身の話から。私は2016年9月、アニサキスアレルギーによるアナフィラキシーショックを経験しました。その日の夜は、お寿司屋さんでサンマの刺身や握り、そして大好きな生サンマの塩焼きでと日本酒をいただいたあと、そのまま就寝しました。
すると、夜中にとてつもない頭痛に襲われ、全身に蕁麻疹が出ました。そのまま緊急救急外来で点滴をしてもらい症状はなんとか落ち着きました。一晩、経過観察で入院しました。退院するときにエピペン【※3】の処方を受けました。アニサキスアレルゲンに対するIgE抗体価はクラス3の検査結果が出ました。
【※3】エピペン:アドレナリン自己注射液。アナフィラキシーが現れたときに症状の進行を一時的に緩和し、ショックを防ぐための補助治療剤。
大好きだったサンマの塩焼き。「その内臓にアニサキスがいたのでは」と考察する寺裏さん。
これはアニサキスに限らず、重症・全身のアレルギーでアナフィラキシーショックが発生した場合、アレルゲンが突き止められたあとは、そのアレルゲンを避けるのが唯一無二の確実な再発予防策と考えられています。一般的な食物アレルギーでも、アレルゲンが含まれるものはしっかり除去するように指導をしています。
ただ、アニサキスアレルギーが厄介なのは、アレルゲンであるアニサキスのタンパク質が、どの食物に混ざっているか肉眼で見つけることができず、消費者が想像しているよりも多くの海産物にコンタミネーション【※4】している可能性がある点です。そのため、私の外来では基本的にはすべての魚介類を避けてくださいね、という指導を行っています。
アナフィラキシーショックはどの年代にも起こりうるものですが、乳幼児や高齢者は特に注意が必要です。また、疲れやストレス、女性のホルモンバランスの変化、神経に作用するお酒や薬などが重症化の引き金になる場合もあります。
年齢や体調、生活習慣など、アナフィラキシーを重症化させる因子はさまざま。
イラスト:藤田倫央
アニサキスのアレルゲン除去で意外な落とし穴が
アニサキスアレルギーの診断をいただいた後、考えられる限りの食材をチェックし、すべての魚介類を排除していたつもりでした。しかし、1カ月後に顔がものすごく腫れてしまったのです。念のために処方されていた抗アレルギー薬を服用すると数日で症状は落ち着いたのですが、「先生に言われたとおり魚介類を避けていたのに、どうして!?」と、かなりショックを受けました。
しかも、3カ月後に再度受けた特異的IgE抗体検査の結果では、アニサキスアレルギーの数値がさらに上がっていしまっていて……。
そうです。全ての魚介類を食べないよう注意していたのですが、魚介類が入っていないという認識のお味噌汁が原因になるとは想像すらできませんでした(苦笑)。さまざまな海由来のものにアニサキスのタンパク質がコンタミしている可能性があるとは聞いていましたが、まさかカツオ節の出汁パックに反応していたとは、とてもびっくりしました。
どのくらいの量のアレルゲンで症状が出るかは、患者さんによってさまざまです。カツオ節のように加工されているものであれば大丈夫な方も大勢いらっしゃいますが、寺裏さんのように症状が出てしまう人もいます。
アナフィラキシーショックを起こすほどの重症だった方はもちろん、アニサキスアレルギーのしっかりとした治療を目指す方は、寺浦さんのように魚介類由来の加工食品も避けたほうがいいですね。
それ以降は、出汁パックだけでなく、ラーメンや蕎麦、うどん、お菓子類など、魚粉パウダーや魚醤、魚介エキスなどが含まれているすべての食材を避けるようにしました。口で言うのは簡単なのですが、これがなかなか大変でして。
たとえば、サラダもドレッシングに魚由来のものが入っているかもしれないから確認を怠りません。外食では魚介類を避けていただけるかどうかを事前に確認し、対応いただけるお店にしか行かなくなりました。もはや何かの修業なのではないかと思うくらい、神経を使いましたね。ちなみに、コンビニエンスストアの商品はほぼ全滅でした。
この食生活はとても辛かったのですが、完全除去を始めてからは抗体検査を受けるたびに数値が下降線を描くようになりました。結果がわかりやすく目に見えたのは、かなりモチベーションアップになりましたね。
寺裏さんが自身の検査結果をグラフ化した「特異的IgE抗体検査」数値の推移。(資料提供:寺裏さん)
残念ながら、誰もが寺裏さんのように下がっていくわけではありません。寺裏さんは、ほかの患者さんよりも数値の低下が早くてびっくりしたくらいです。
アニサキスアレルギーはまだデータが少ないので、エビデンスとしては弱いものですが、私の大学病院で診ている患者さんでは、順調に数値が下がっていく方が全体の6〜7割。足踏みしながらゆっくり下がる方が約2割。何をやっても下がらない方が残り1割くらいというイメージです。
どのように数値が変動するのかは、まずは除去をしてみてから、経過を見ないとわからないのです。
私の診察ではだいたい年に2〜3回、一定期間を開けながらアニサキスの特異的IgE抗体検査を行い、患者さんとコミュニケーションを取りながら、食生活をモニタリングし、その後の対応を探っていきます。
「魚介類断ち」以外に気をつけるべきこと
アレルゲンに曝露するルートとして、「経口」と「経皮」の2つがあります。「経口」は口を経る、「経皮」は皮膚を経る、の意味ですね。アレルギー専門医の間では、食物アレルギーでは経口曝露よりも、経皮からの曝露の方が高リスクだと考えられているんですよ。
まず、経口曝露。つまり、口からアレルゲンを摂取した場合は、過剰な免疫反応が起こり、アレルギーとなるパターンがある一方で、免疫寛容【※5】を獲得するパターンがあるんです。アレルゲンに対して耐性をつけるために行ってもらう「減感作療法」で、少しずつ口から摂取してもらうのは、このような理由からです。
一方、皮膚からアレルゲンが体内に入る経皮曝露は、免疫寛容を得られる可能性はなく、アレルギーになるパターンに移行しやすいと考えられています。
たとえば、皮膚に湿疹・アトピーのある子は食物アレルギーになりやすい、食物アレルギーが悪化しやすい、ということが研究で報告されています。だから、皮膚からのアレルゲンの曝露を防ぐことはとても重要なんです。
腸内細菌を整えることで生じるメリットは、医学的にも注目している分野です。ただし、発酵食品や市販の乳酸菌飲料などにどこまでアレルギーの発症予防効果があるかどうかは十分にわかっておらず、安易にこれがよい、あれはダメという話はできません。
IgE抗体はリンパ組織で産出されるのですが、リンパ組織の60〜70%が腸のパイエル板【※6】に存在しています。腸内環境を改善すると、このパイエル板が整い、IgE抗体を減少させるとも言われているので、寺裏さんの場合は食事だけでなく、便通の改善や睡眠の質の向上などさまざまな要因によって効果があったのかもしれませんね。
「減感作療法」の意義と可能性
この「減感作療法」は、主に小児の食物アレルギーや成人ではスギ花粉症の治療分野で取り入れられている治療法です。先にお話した経口摂取による免疫寛容を獲得するために、少しずつアレルゲンを摂取してもらいます。上記の考えを応用して、寺裏さんには少しずつ魚介類を食べていただいています。
寺裏さんにはカツオ出汁から始めていただいて、ツナやサバの缶詰と少しずつ食べてもらいました。今のところアレルギー反応はなく抗体価も0をキープしているので、現在は焼いた魚の干物の摂取に挑戦してもらっていますよね。
久しぶりに食べた魚介の出汁の旨味といったら、もう格別でした。魚のエキスが入っているお菓子も食べてみたのですが、あまりにおいしくてひっくり返ったくらいでした。
1つだけ気になっているのが、アニサキスって、必ずしもすべての魚介類に寄生しているわけではないですよね。例えば、アニサキスの保有率の高いサバでも、寄生されていない個体もあります。そのため、実は減感作療法になっていないことも考えられる、と。
おっしゃる通りです。食べた出汁や缶詰の中に、必ずしもアニサキスやそのエキスが含まれているとは言い切れません。それゆえ、昭和大学病院で私が行っている治療法は、厳密にはアニサキスの減感作療法とは言えないかもしれません。アニサキスの粉末など、虫体そのものや精製されたアレルゲンなどを使った減感作療法は、今のところ確立されていないのです。
ですから、いまのところは医学用語ではありませんが、ニュアンスとしては心理学用語の馴化(じゅんか)【※7】がイメージに近いのかもしれません。長時間食べていないと魚介類そのものを食べるのが嫌いになってしまうことがあるので、絶っていた魚介そのものに、まずは患者さんに体を慣らしてもらう狙いもあります。
アレルギー疾患では原則、完治するという言葉はありません。患者さんには「脱感作」「減感作」という状態を目指していただきます。
アレルゲンへの耐性を得たり、反応を鈍くしたりすることがアレルギー治療の目的となる。
イラスト:藤田倫央
私の感覚では、寺裏さんは減感作の状態を維持している、という認識です。おそらく「免疫寛容を獲得つつある状態」ですね。
●脱感作:耐性に近い言葉で、アレルゲンが入っても完全に体が無反応の状態
●減感作:アレルゲンが入ってきても抗体反応が鈍くなる。例えば、アナフィラキシーを起こす量だったものが、蕁麻疹やかゆみ程度になるなど
アニサキスアレルギー治療法のこれから
負荷テストを確立するためのデータが足りていないのです。アニサキスの負荷テストを確立するには、大量のアニサキスを手に入れ、きれいに精製し、人体で安全かどうかの実験・研究を重ねていく必要があります。
果物や野菜であれば、農家からアレルゲンとなる食材を手配することができますが、ヒトが口にしても衛生上大丈夫なアニサキスを飼育しているところはなさそうですよね。
同じ文脈で、アニサキスの減感作療法を行うには、患者さんに純粋なアニサキスの精製タンパク質を摂取してもらう必要があるのですが、アニサキス自体を安定して集め、供給することができないため、これも今のところ難しいのです。
アニサキスアレルギーの研究はまだまだデータが乏しく、これからだと話す鈴木先生。
また、日本全体での患者さんのデータ自体も少なく、全世界的な疫学データ【※8】も確立できていません。そもそも依然として認知度の低いアレルギーなので、アレルギー専門医による診察にまでたどり着けていない患者さんも少なくないと考えられています。
そのような方たちにアニサキスアレルギーの存在を知ってもらい、診察を受けていただければ、さらにデータが集まってくるでしょう。たくさんのデータが集まり、さらに研究が進めば、他のメジャーな食物アレルギーと同様、アニサキスアレルギーのより具体的な治療法も確立していくのではないかと、私は考えています。
そのためには、この「アニサキスアレルギー協会」など患者さんや専門家が発信する情報の周知が求められます。大変すばらしい活動だと思います。患者さんサイドから医療の発展を促すムーブメントを創ることが現代社会では医学発展のためには必要です。