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シーフードを中心とする食物アレルギーの研究者。
魚介類のアレルゲンに関する知見を深める中で、アニサキスアレルギーの重要性に着目。現在は、寄生虫を含めた海洋生物にまつわるアレルギーの研究に従事する。
魚介類の中に潜むアニサキス。
イラスト:yuu / PIXTA(ピクスタ)
アニサキスとは
アニサキス(回虫目アニサキス科アニサキス属)は、魚介類【※1】や海産哺乳類の体内に棲む寄生虫です。一般に、食中毒(アニサキス症)の原因として知られ、昨今はアニサキスアレルギーの症例も増えてきました。
虫体は、体長2〜3センチ、幅0.5〜1ミリ程度で、白い糸のような見た目をしています。太さはシャーペンの芯くらいで、渦巻状になって発見されることもあります。
人間と接触のあるアニサキスは、魚介類に寄生しているものがほとんどです。アニサキスは魚の口から侵入し、宿主【※2】の消化管から這い出して内臓に寄生します。寄生している魚介類が死んで時間が経過すると、寄生していた内臓から筋肉へ移動する習性があります。
【※1】魚介類:水産動物の総称。魚だけでなく、貝や甲殻類、イカやタコの軟体動物も含まれる。
【※2】宿主(やどぬし):寄生虫に寄生される側の生物のこと。アニサキスの場合、主に魚介類。
生涯を通して宿主がどんどん変わっていく
魚に寄生しているのは第三期幼虫と呼ばれるアニサキスです。アニサキスには五段階の成長過程があり、それぞれ宿主も違います。
海を生態系に、宿主を変えながら成長していくアニサキス。魚を宿主にしている第三期幼虫時に、人間に摂取されてしまうことがある。
イラスト:藤田倫央
- アニサキスの成虫はクジラやイルカなどの海洋哺乳類の消化管に寄生しています。宿主の胎内で卵を産み、それが糞便と共に海中に放出されます。
- 卵は海中で孵化し、第一期幼虫の状態で漂っています。
- 第一期幼虫を、オキアミなどのプランクトン類が捕食します。すると、プランクトン類の体の中で第三期幼虫まで成長します。
- プランクトンを餌としている魚がアニサキスごと捕食します。魚の体の中に入ったアニサキスは、魚の消化管を食い破り這い出して、内臓にくっついた状態で寄生します。魚類によっては腹膜を破って筋肉部分に寄生されている場合もあります。
- 次に、魚が海洋哺乳類に捕食されます。そうすると、アニサキスは海洋哺乳類の体内で第四期幼虫、そして成虫へと成長します。
カウンセリングルーム気分向上委員会代表。臨床心理士。
2018年にアニサキスアレルギーと診断を受ける。
アニサキスの生態と繁殖は?
私は2014年、フレンチでいただいた何か珍しい種類の鮭のスモークで、蕁麻疹が出て、粘膜が腫れあがり意識が遠のくということがありました。ただ、この時はしばらくして症状が引いたので、翌日皮膚科で蕁麻疹の薬をもらっただけだったのですが、その4年後の2018年、夕食にスーパーで買った刺身の盛り合わせと、さんまの塩焼きを食べた後、夜半過ぎに蕁麻疹と食道が詰まる感じ、そして嘔吐といった症状が出始め、数時間経っても一向に治らないため救急外来に駆け込みました。その時に診断してくれた皮膚科の先生が、アニサキスアレルギーを疑ってくれて、検査をしたところ、見事にアニサキスアレルギーと診断されました。
何となくは知っているものの身近とまではいえない「アニサキス」という寄生虫について、詳しくお聞かせください。
たしかに、アニサキスをじっくり観察する機会ってそんなにないですよね。ちょうどいま研究室に、魚から採取したアニサキスの生体がいるので、持ってきましょうか。
えっ! これまで生きているアニサキスを見たことがなかったんです。いきなりご対面だなんて。
(席に戻ってきて)はい、これです。見えますかね? すごくいっぱいいるんですけど。
試験管下部の白い部分が、みっちり詰まったアニサキスの虫体。普段は虫体が弱らないよう、低温で保存しているという。
いっぱいすぎて、個体はちょっと識別しづらいくらいですね。うわあ、上の方はうごめいています……!
厚生労働省の公式サイトなどを見て、魚に寄生しているのはアニサキスの幼虫だということを知ったのですが、成虫や卵の時もあるということですか?
成虫は幼虫に比べて、かなり長く太いですね。太さはボールペンの芯くらいで、長さは10数センチほど。体長が長いのはメスだと言われており、体の半分くらいは卵巣で卵が詰まっています。
長さも太さもボールペンの芯と同程度となると、ミミズくらいの大きさに匹敵しそうだ。
大きくなるということは、魚体から栄養を摂っているのでしょうか。
いえ、宿主から栄養をとっているわけではなさそうです。ただジッと潜んでいる。体の成長もなく、時間が止まったような状態です。
魚をさばいた時に、内臓表面で渦巻き状になったアニサキスが見られます。あれはジッとしている場合と、魚の防御反応によって被嚢【※3】に包まれて身動きが取れなくなっている場合があるようです。
【※3】被嚢:生物体が堅固な袋状の膜をつくり、一時的に休眠状態となったもの。アニサキスはどうやったら死ぬの?
よっぽどのことがないと死なないアニサキスだが、粉砕と冷凍、加熱は苦手。
イラスト:藤田倫央
宿主である魚が海中で死んでしまって魚体が分解されたら、アニサキスは海の中に放り出されます。そしてまた魚に食べられて寄生する、というのを繰り返しているようです。
先ほどお見せしたアニサキスも、何の栄養もない生理食塩水の中で生きていますし、真水の中でも生きたという報告もあります。食事のシーンを想定してみると、しょう油や酢につけても死なないことがわかっています。
人間とアニサキスの悲しい関係
強いて言えば、人間ですね。
成虫になるためのプロセスとして魚に寄生しているのに、道なかばで人間に食べられてしまうので。「寄生するはずではない宿主」のことをアクシデンシャルホストと呼びますが、アニサキスにとって人間の体に入ることはまさにアクシデントなのです。
そもそも寄生虫は、他の生き物に自分の命を委ねている生き物です。ですから、自然界には天敵と呼ばれるものはいないと思います。
アニサキスは人間の体に入ると暴れ回るんです。先ほどもお話しした通り、人間はアニサキスにとってアクシデンシャルホストですので、人間の体内は居心地が悪いのではないかと考えています。
肉眼では確認できませんが、アニサキスの頭にはナイフのような鋭利なパーツがあります。アニサキスは宿主の組織内に入り込もうとする性質があるので、人間の体内に入ると、暴れながらナイフのような器官を使って消化管の壁に潜り込もうとするんですね。
うねるボディの先端にナイフ……といえば、マンガ『寄生獣』(岩明均)の「ミギー」を想像してしまう。
写真:寄生獣/ミギー/ソフビフィギュア(Amazon.co.jp)
そうですね。アニサキス症はある程度、それで対策できると思います。
一方、アニサキスアレルギーの場合は、虫体が死んでいる状態でも安全とは言えません。アニサキス自体ではなく、アニサキスに含まれているタンパク質がアレルゲン【※4】だからです。
虫体を取り除いても、分泌物などのタンパク質が魚の中にコンタミネーション【※5】している可能性があるので、アニサキスが寄生する可能性をもつすべての魚に注意しなくてはいけません。
【※5】コンタミネーション:「混入」の意味。略して「コンタミ」とも。アレルギーの分野では、本来アレルゲンが含まれない物質に、意図せずアレルゲンが混入してしまうことを指す。
アニサキス以外で魚に宿る寄生虫
アニサキスと生物学的によく似た生き物で、シュードテラノーバという寄生虫がいます。これはアニサキスと同じようなタンパク質を持っているので、アニサキスのアレルゲンを持っている人は交差反応【※6】を起こしてしまう可能性があります。タラなどの大衆魚にも寄生が確認されていますが、アニサキスほど寄生率は高くないようです。
それはニベリン条虫と呼ばれる、条虫類の幼虫だと思われます。魚やイカを宿主にする寄生虫ですが、アニサキスとは生物学・分類学上異なる生き物です。ニベリン条虫に対する抗体を持っている患者さんは、いまのところお見かけしたことがありませんね。
ニベリン条虫は人間の胃酸に含まれるペプシンで溶けるので、生きたまま食べてしまっても、人間の胃のなかですぐ殺すことができます。でも、あまり食べたいとは思えないでしょうね、無害とはいえ。
魚には様々な寄生虫が宿る。生魚を買ったら、寄生虫がいないか目視でよく確認しよう。
イラスト:藤田倫央
アニサキスのいない安全な魚はあるの?
人間にとって厄介なのが、プランクトンを食べる生き物であれば、どの魚介類でもアニサキスが寄生する可能性はあるということです。
また、プランクトンを食べない生き物でも、海中に漂うプランクトンを誤って吸い込み、そのままアニサキスが体内に寄生している可能性は否定できません。海を生態系にしている生き物であれば、コンタミしている可能性がゼロとは言い切れないのが現状です。
宿主としてよく知られているのは、サバ、アジ、サケなどの大衆魚ですが、深海魚であるアンコウや、海面近くを泳ぐ表層魚などにも寄生することがわかっています。寄生しない魚を探す方が難しいくらいです。
古い研究データですが、実は、アニサキスの寄生率はそんなに高くないといわれています。たとえば、トロ箱のアジすべてにアニサキスが寄生しているかと聞かれたら、その可能性は低いでしょう。
ただし「絶対にアニサキスに寄生されていない」とは言い切ることはできませんし、個体ごとにアニサキスの寄生歴を見分けることも不可能でしょう。そのため、魚介類を全て避けていただくことが、アレルギー再発防止における最善の手段になるわけです。
ちなみに、患者さん同士で情報交換をしている中で、「さばいて急速冷凍したマグロは比較的危険がない」というのを聞いたのですが、これはいかがでしょうか。
安全に食べられるかもしれない魚介類は、アニサキスアレルギー患者にとって切実に知りたい情報だ。
鮮度を保つために急速冷凍したマグロですね。結論から言うと、可能性は低いと思いますが、これも安全であると言い切ることはできません。
マグロは腹膜が厚いため、マグロの死後にアニサキスが内臓から筋肉部分(身の部分)へ這い出すのには時間がかかると考えられます。アニサキスが移動する前に内臓が排除されていることが大切です。
さらに急速冷凍することで、アニサキスを殺し、一部のタンパク質を不活化できる可能性もあります。ただ、内臓を剥ぎ取るタイミングや冷凍するタイミング、冷凍温度が特定できないことがネックです。
アニサキスの謎が解き明かされる未来を目指して
先ほど、海洋哺乳類から放出されたアニサキスの卵が、海水中に漂っていると伺いました。アレルギー患者は経皮曝露【※7】にも気をつけるべきと聞きましたが、海水浴なども控えた方がいいのでしょうか。
外洋で海中に放たれた卵が、海水浴をする浅い海まで流れ着く可能性は非常に低いと見ています。ただし、こちらもエビデンスがあるわけではないので、可能性はゼロとは言い切れないのですが。
負荷テストなど、自分の抗体レベルと照らして判断する仕組みができれば、患者さんごとにできること・できないことが明らかになっていくでしょう。
アニサキスには謎が多く、研究もこれから深めていく段階です。いまのところ、確信を持って伝えられることが少ないので心苦しいですが、研究が進む中でいずれ患者さんにとってのメリットを生み出せればと考えています。
たとえば、完全アニサキス・フリーの養殖魚が普及するなど、患者さんでも海産物を楽しめるようになるといいですよね。そもそも、アニサキスアレルギーがもっと世間に広く知られることで、飲食店に魚介類由来の素材を使わないメニューが増えたら、患者さんたちのQOL(Quarity of Life)はどんどん上がっていくはずです。