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昭和大学病院(東京都・品川区) 呼吸器・アレルギー内科
呼吸器・アレルギー内科医師、日本アレルギー学会専門医・指導医。一般社団法人アニサキスアレルギー協会理事。
食物アレルギー、動物・昆虫アレルギー、薬物アレルギーなど、さまざまな分野のアレルギーに精通している。昭和大学病院には日本全国から多くのアニサキスアレルギーの患者が来院し、専門外来で日々診療にあたっている。
アニサキスアレルギーとは
アニサキスアレルギーとは、アニサキス【※1】のタンパク質をアレルゲン【※2】として生じるアレルギーのことです。アニサキスは海洋に生態系をもち、魚介類や海棲哺乳類の体内をすみかとする寄生虫で、魚の体内では幼虫の姿で寄生しています。
【※1】アニサキス:寄生虫(線虫)の一種。詳しくは「アニサキスはどんな生き物なのか」を参照ください。
【※2】アレルゲン:アレルギーの原因となる物質のこと。主な成分はタンパク質である。
アレルギーの原因となるアレルゲンはさまざまな食品に含まれているが、アニサキスは「特定材料等」に含まれていない。参照リンク:食物アレルギー表示に関する情報(消費者庁)
イラスト:pon / PIXTA(ピクスタ)
アニサキスアレルギーはどうやって起こるのか?
私たちヒトの身体には、ウイルスや細菌といった病気を引き起こす異物から体を守るための「免疫(めんえき)」という仕組みが備わっています。
しかし、異物ではあるものの、通常は人体に無害なもの(食べ物や花粉など)に対し、、ヒトの免疫システムが過剰反応してしまうことがあります。これがアレルギー反応です。
アニサキスアレルギーの場合、虫体や分泌物に含まれるアレルゲンに対して、人体がアレルギー反応を起こしてしまうわけです。いったいアレルギー反応はどのようにして引き起こされるのか、具体的に解説します。
まず、アレルゲン(抗原)が体内に入ると抗原提示細胞(こうげんていじさいぼう)に取り込まれ、細かく分解されます。その産物が提示されるのがTリンパ球という細胞です。
Tリンパ球はそこから得られた情報をもとに、Bリンパ球にアレルゲン(抗原)ひとつひとつにマッチした「IgE抗体」と呼ばれる抗体を産生するように命令します。Bリンパ球は形質細胞という別の形に変身(分化)し、そのような抗原特異的IgE抗体が体内に産出されるようになります。
IgE抗体はアレルゲンとくっつくパーツ(エピトープ)を複数持っており、そのパーツでアレルゲンに付着し捕捉します。つまり「次にアレルゲンが体内に入ったら、すぐにでも見つけてとっつかまえてやるぞ!」とIgE抗体を作れるように待ち構えている状態、このことを感作(かんさ)(もしくは感作が成立している)といいます。
感作が成立したあと再び体内にアレルゲンが侵入すると、IgE抗体がすぐに産生・放出されアレルゲンにくっつき、その複合体(結合物)がさらにマスト細胞と呼ばれる細胞に結合します。すると、マスト細胞内からヒスタミン【※3】やロイコトリエン【※4】と呼ばれる物質(ケミカルメディエーター)が放出されます。このヒスタミンやロイコトリエンの影響で、さまざまな身体症状(アレルギー症状)が引き起こされるのです。
【※3】ヒスタミン:血圧を下げる、筋肉を収縮させる、血管を広げるなどの作用があるが、過剰に分泌された場合には、内臓に存在するヒスタミン受容体というタンパク質と結合して、蕁麻疹やアレルギー症状を誘発する。
【※4】ロイコトリエン:喘息発作やアナフィラキシー(抗原抗体反応が引き金となって起こる激しい過敏反応)を司る生理活性物質。炎症やアレルギー、喘息発作にも関与する。
食中毒である「アニサキス症」とは別物
アニサキス症とは、生きたアニサキスを食べてしまった場合に引き起こされる食中毒のことです。発症する内臓の部位により胃アニサキス症や小腸アニサキス症とも呼ばれています。
アニサキス症は、アニサキスが胃や腸などの内臓壁に突き刺さり、猛烈な腹痛、吐き気や嘔吐に襲われます。内視鏡などで虫体を摘出したり、薬を投与したりすることで症状は回復します。
アニサキスは、本来のすみかではない人間の体内に寄生することはできず、1〜2日、長くても4日ほどで死に至りますが、悪化し消化管の粘膜が浮腫むと腸閉塞などの重篤な症状につながるケースもあります。アニサキス症を疑う激しい腹痛や嘔吐がある場合は、すぐに医療機関を受診しましょう。消化管の専門医が在籍する救急医療機関であれば、即日で内視鏡検査を行ってくれる場合があります。
このように、アニサキス症とアニサキスアレルギーは症状においてまったくの別物です。ただし、アニサキス症が起こった時に、同時にアニサキスアレルギーの感作が成立する可能性があるといわれています。
「アニサキス」が寄生している代表的な魚介類
アニサキスは海洋を生態系とする魚介類の多くに寄生しています。東京都福祉保健局のデータ「魚種別アニサキス寄生状況について」を見れば、あらゆる魚にアニサキスが寄生していることが分かります。
特に、サバ、アジ、サンマ、カツオ、イワシ、サケ、イカなどは、アニサキスの寄生率が高いとされています。
アニサキスアレルギー患者の対策
アニサキスアレルギーを発症した場合、前述のようなアニサキスの寄生率が高い魚を避ければ良いのでしょうか。
残念ながら答えはNOです。アニサキスは、海を生態系にしているあらゆる魚介類に寄生しています。
海水と淡水の混ざる汽水域で生息する魚にも注意が必要です。エビ、カニ、貝類はアニサキスの寄生する相手ではないのですが、アニサキスが寄生した餌を食べた魚介類をヒトが摂取した場合は、アニサキスアレルゲンが人体に入ってくる可能性があります【※5】。
また、アニサキスの虫体が確認できなくても、魚体中にアニサキスのタンパク質がコンタミネーション【※6】している可能性があります。
アニサキスアレルギーはアニサキスのタンパク質に抗体が反応するため、患者は「アニサキス(のタンパク質)を含んでいる可能性のある魚介類」および「アニサキス(のタンパク質)を含む可能性のある魚介類の加工食品」すべてに注意を払わなくてはいけません。
すなわち、生きて蠢いているアニサキスが目の前にいなくとも、その亡骸(なきがら)やカケラがアレルゲンとなり、アニサキスアレルギーの患者に襲いかかります。
【※5】深海の生物や生涯を河川の淡水域で過ごす淡水魚には、アニサキスが寄生することはほぼありえないと言われている。
【※6】コンタミネーション…「混入」の意味。略して「コンタミ」とも。アレルギーの分野では、本来アレルゲンが含まれない物質に、意図せずアレルゲンが混入してしまうことを指す。ヒトによって採取(捕獲)されるまでの過程、調理・加工される過程(魚を切ったまな板や、魚を揚げた油など)、同席した客の注文したメニュー・食品を介して、コンタミしてしまう可能性がある。
アニサキスアレルギーの診断方法
日本では食物アレルギーでも使用される「特異的IgE抗体検査」が一般的です。アレルギー症状を引き起こすIgE抗体が「何に反応するのか」を測定することで、アレルゲンを特定できます。
検査結果は、実測値(抗体価)(単位UA/mL、0.34UA/mL未満が陰性)と、それを患者向けに段階的に表示した0〜6のクラスで表示されます。数値が高いほどアレルゲン(抗原)に特異的なIgE抗体量が多いことを示しています。
ただし、抗体価と症状の強さは必ずしも一致しないと言われています。つまり抗体価が低く(クラスの数値が小さく)ても、アナフィラキシーに至る患者はありえるわけです。
国内では約200種類もの物質に対する特異的IgE抗体の値を検査することができますが、健康保険の範囲内で測定できるアレルゲン数は月に13種類です。患者が直近で食べたものや触れたものなどを医師がヒアリングし、項目に加えていきます。
アニサキスアレルギーの症状は食物アレルギー症状に相似しており、アニサキスがアレルゲンである可能性を見落とされる場合もあります。魚を食べた後にアレルギー症状が出たときは、アニサキスも調査項目に入れてもらうよう医師に依頼・相談することがベターでしょう。
アニサキスアレルギーについてもっと知る
フリーアナウンサー・元「スッキリ」リポーター。一般社団法人アニサキスアレルギー協会理事。
2014年にアニサキス症、2016年にアニサキスアレルギー発症。「スッキリ」、「ザ!世界仰天ニュース」で、当事者としてアニサキスアレルギーネタを担当した。2021年現在も、魚介を除去する食生活を継続中。
誰でも発症する可能性があるアニサキスアレルギー
私は2016年、手・腕・脚に赤みと痒みが出たのが初めてのアレルギー症状でした。その日の朝は、生魚を食べていました。
さらにその1カ月後にまた生魚を食べた後、今度は内臓が腫れている感覚と息苦しさに襲われてしまいました。「何かのアレルギーでは?」と思い、アレルギー科を受診したところ、IgE抗体検査のクラス判定で、アニサキスアレルギーの「クラス6(抗体価6)」と診断されました。
アニサキスアレルギーは、食物アレルギーとよく似た症状が出ることが知られています。食物を汚染する寄生虫によるアレルギーであることから、広義の食物アレルギーや食物関連アレルギーとカテゴライズされることがあります。蕁麻疹が出る人、息苦しさを訴える人、重症化するとアナフィラキシーショックを起こす人など、患者さんによって症状はさまざまです。
私の病院には、アナフィラキシーショック【※7】を起こして急患で運ばれ、なんとか一命をとりとめ、後日、調べてみたらアニサキスアレルギーだと判明する患者さんが多いですね。
【※7】重篤なアレルギー反応の一つ。アレルゲンが体内に入ったことで血圧低下や意識障害をともない、生命に危険が及ぶ状態に陥る。
皮膚の腫れによる全身の灼熱感や意識障害など、急激な異変を感じたらすぐ119番を。
撮影:Mugimaki / PIXTA(ピクスタ)
そうですね。アニサキスアレルギーは、他の食物アレルギーに比べると知名度が低いので、蕁麻疹などの症状が出ても原因不明のまま放置している人がいるかもしれません。比較的稀ですが、軽い消化器症状しか現れず、慢性胃炎やストレス性胃腸炎と診断されているケースもありました。
また、アレルギー症状があっても、医療機関によっては問診が不十分だったり、アニサキス特異的IgEが検査項目から外れていたりして、結果的に気づけないことがあるのではないかと危惧しています。
アニサキスアレルギーにならないために、気をつけるべきこと
無類の魚好きにもかかわらず、アニサキスアレルギーを発症してしまった西村さん。アニサキス症、アニサキスアレルギーのどちらも経験している。
エビデンス(科学的根拠)があるわけではないので断言はできないのですが、私がこれまで診察してきた患者さんの経験から、アニサキス症とアニサキスアレルギーの発症には関連がありそうだと考えています。
実際、アニサキス症になった直後の患者さんに「特異的IgE抗体検査」をすると、過去にアレルギー症状の履歴がなくともアニサキス特異的IgE抗体値が劇的に高いことがあるのです。
IgE抗体を検査して高い数値が出たとしても、その後にアレルギー反応が出るかどうかは患者さん個々で異なります。患者さんからすれば、アレルギー症状が出る=感作が成立したタイミングだと思われるかもしれませんが。
でも実は、症状の出たタイミングと、感作が成立したタイミングにはズレがあるのです。人によっては、アレルゲン特異的IgE抗体ができた何年も後にアレルギー反応が初めて出ることもありますし、もしくは抗体はできているけどアレルギーの症状は一生涯にわたってずっと出ない、なんてこともありますから。
なるほど。じゃあ私も、アニサキス症になった時に感作が成立していたかどうか、わからないんですね。
アニサキス症になった後も、まさか自分がアレルギーになるとは思わず、大好物の魚をたくさん食べてしまっていました。
これはすべての食物アレルギーに言えることなのですが、一般的に、アレルゲンに曝露【※8】する機会と曝露するアレルゲンの量が多ければ多いほど、アレルギーが発症する可能性は高まります。 アレルギーにならないためにできるアドバイスは、「好物ばかり食べるのではなく、いろんなものをバランスよく食べましょう」に尽きると考えています。
しかし、なかにはアレルゲンへの初めての曝露や、ごく少量のアレルゲンに曝露しただけでも強力なアレルギー症状を呈する患者さんが存在し、そのメカニズムも徐々に解明してきています。自然免疫などと呼ばれていますが、今回はその内容を割愛します。
【※8】曝露(ばくろ)…リスクのある因子に晒されること。アレルギーの分野では、アレルゲンを摂取したり、触れたりしてしまうことを指す。
虫体がなくてもダメ? なんとか魚を食べる方法は?
タンパク質は栄養素のひとつとして知られますが、生物の内臓や筋骨格を構成する主要な成分のひとつです。生命が宿ったものには、ほとんどタンパク質が含まれています。
私たち人間の皮膚、髪の毛、爪、神経、筋肉、骨、内臓、血液細胞など、身体を構成する臓器・組織のほとんどはタンパク質で合成されています。ヒトの身体の約2割、水を除いた重量の半分程度がタンパク質で占められており、ホルモンや酵素といった物質もタンパク質でできています。タンパク質の材料はアミノ酸やペプチドという構造物でそれらの数や配列の違いで、タンパク質のバリエーションは約10万種類と言われています。
アニサキスの体を構成しているパーツもタンパク質です。虫体だけでなく、アニサキスの分泌物や卵、糞便にも含まれます。アレルゲンとなるアニサキスのタンパク質は、20種類弱と言われています。
患者さん個々で、アレルギーの原因となっている感作されたアレルゲンの種類は異なっており、それらを保険診療で一人ひとり調べることはできません。
アレルギーになった時に、「魚からアニサキス(虫そのもの)を取り除けば食べてもいいのでは?」くらいに思っていたのですが……。
お医者さんに、「魚体にアニサキスの虫体が見られなくても、体液などが残っている可能性があるから、魚介類は食べてはいけない」と言われて、当時の私は絶望してしまいました。
アニサキスアレルギーの厄介な点は、すべての魚介類に注意する必要があることだと話す鈴木先生。
虫体がなくても、また、アニサキスが死んでいても、魚介類にアニサキスのアレルゲンたるタンパク質がコンタミ(混入)している可能性があります。可能性がある以上、特にアナフィラキシーショックの既往【※9】がある人が命の危険性のあるアレルギー症状を起こさないためには、魚介類全般を避けてもらうしかありません。
【※9】既往:過去にかかったことがある病気、過去に苦しんだ病気のこと。
魚好きとしては本当に、辛い……。
たとえば、鰹節のように魚を加工して作られているものでも、アニサキスのタンパク質が残っていると考えたほうがよいのでしょうか。
加工が進むほどタンパク質は失活【※10】していくのですが、それを食べた人にアレルギーが出るかどうかは、その人次第です。すごく微妙な量でも、症状が出る人は出ますので。
ちなみに、個々に異なるアレルギーが出る可能性があるアレルゲンの量(濃度)のことを「閾値(いきち)」と呼んでいます。
【※10】失活:エネルギーが活発な状態が失われ、反応しなくなること。
タンパク質を限りなく失活させることで、可能性はあるかもしれません。
アニサキスのアレルゲンの中だと、加熱や冷凍に弱いタンパク質、アルカリ性の液体が苦手なタンパク質、圧力・熱・電気で破壊できるタンパク質などがわかってきています。
ただ、患者さんがアレルギー反応を起こしてしまうタンパク質をすべて破壊できているかどうかがわからないから、やはり摂取を避けるのが無難なのです。
アニサキスアレルギー患者は魚介類全般を避けるべき?
それらはアニサキスの寄生する相手ではありませんので、きちんと綺麗に加工してあれば大丈夫ではないでしょうか。加工状況が不明な場合や、昆布や海藻に小さなシシャモなど小魚がくっついている製品だとリスクはあります。
また、甲殻類・昆虫類のタンパク質と、アニサキスのタンパク構造が似ていることがわかっています。たとえば、昆布や海藻にエビやカニがくっついている場合、患者さんによっては、交差反応【※12】が起こってしまう可能性があります。
以上の2つの理由から、やはり水産物は全て避けたほうが良いでしょう。
魚が食べられないことで損なわれるもの
結論から言うと、大丈夫です。
これは、私が患者さんを勇気づけるために言っていることなのですが、世界中を見渡しても、魚を主要なタンパク源として摂っている人口はそんなに多くありません。日本のように四方を海に囲まれている国では海洋資源が豊富に採取可能なので、どうしても「摂るのが普通」といったイメージはありますが、タンパク質は肉や大豆などからも十分に摂れます。
実際、近年は魚介類の摂取量は減少傾向です。だからといって寿命が短くなったわけでも、栄養失調の方が増えた訳でもないことは明らかです。
魚に含まれるほかの栄養素であるビタミンDやカルシウムだって、別の食材でも十分に摂取できます。だから、栄養についてはそんなに思い悩む必要はありません。
カルシウムは骨を強くする栄養素で、ビタミンDはカルシウムの吸収をサポートしてくれる。
イラスト:Katie / PIXTA(ピクスタ)
アニサキスアレルギーは、まだまだ研究が道半ばであり、医者からアドバイスできることはアレルギーの専門施設でもそんなに多くありません。そのせいで患者さんが不安な気持ちになってしまうのは、医療の現場でも一つの課題だと感じています。
情報が少なく、孤独を感じる患者さんもおそらく少なくないでしょう。だからこそ、アニサキスアレルギー協会が、患者さん同士で知識を共有したり励まし合ったりできる場になっていけばいいな、と思っています。
これからアニサキスアレルギーと向き合うために
アニサキス症の予防の観点から、保健所への届出義務が課されたこともあり、寄生虫アニサキス自体の注目度は年々上がっていますね。
とはいえ、まだまだ医療界全体でも認知度が低いため、アニサキスアレルギーの発症に気づかれずに過ごしている人が相当数いらっしゃる、と思われます。重症化してからでは遅いので、早期発見ができるようさらなる情報共有・周知が必要です。
また近年、日本の食文化は海外中に発信されていますよね。寿司や刺身が広がりを見せるのと同時に、発症する人が世界中に出てくる可能性を危惧しています。
アニサキスアレルギーについて知っている人が増えれば、医者も患者さんも病院で診療する機会が増えます。患者さんのデータが集まれば、研究を進めることができます。そうすると、アニサキスアレルギーに特化した正確な検査法や治療法を確立する日がくるかもしれません。